あの日の絶望を忘れない──綾美姫が生まれる前の物語

新規就農した当初、私は毎日が新鮮で、毎日が挑戦でした。
初めて自分の手で育った苺を見たときの喜びは、今でも鮮明に覚えています。
「絶対に成功してみせる」
その思いだけを胸に、まっすぐ前だけを見ていました。
しかし、走り始めた道は想像以上に険しいものでした。
農業を始めるために貯めていた貯金は、設備費や初期投資でほとんど使い果たし、
いざスタートしてみると、手元には“余裕”と呼べるものは何ひとつ残っていませんでした。
最初の2年間は、広いハウスにたった一人。
朝も夜も、ただ必死に苺と向き合いました。
収穫したいちごの売り上げは、ほとんどが生活費に消え、
季節の終わりには、資材代や重油代の請求が容赦なく押し寄せてきます。
気づけば、残るのは“焦り”と“責任”だけでした。
そして──忘れられない瞬間があります。
どうしても支払いが間に合わず、
生活のために保険を解約した日のことです。
その時、妻が見せた“絶望の表情”は、今でも胸に深く刺さっています。
悔しさ、情けなさ、そして自分への問い。
「本当にこの道を選んでよかったのか」
そんな言葉が頭の中をぐるぐると回った夜もありました。
それでも、私が歩みを止めなかった理由はひとつだけです。
いちご農家として歩き始めたその日からずっと、
“自分にしか作れない苺を生み出したい”という夢だけは、
どんなに苦しくても消えることがありませんでした。
苦しい日々の裏で、私は密かに品種改良に取り組み続けました。
やがてその挑戦が、「綾美姫」の誕生へとつながっていくことになります。
この続きは、次のブログでお話しいたします。

